「私の壁」 2004/12/5

先週はメールがいつもよりもたくさん届き嬉しかった。
とても人情味豊かなメールばかりで、ニュースなどで殺伐とした事件ばかり聞いているので、やさしい人の存在をこうして身近に覚えるとまだまだ社会は大丈夫だと安心する。

ご報告下さったメール内容は、週に何度易日記を見に来ていますというお知らせだった。
2週間に一度の人や『自分は毎日じゃないですから7で割るよりも多いと思う』と慰めて下さるメールもあり、週に2度ですと言うお知らせもありで、皆さんが親身に感じて声を掛けてくださり、ほんとうに有難いと感謝しています。

わたしのHPを一年前から毎日見ていましたとおっしゃる男性のお客様が昨日は来てくださった。

易日記を読んで鑑定に来られると、わたしが自分の占いを誇大表現をしていると思われると辛いので、一生懸命占なわないといけないと思って緊張してしまう。

かえってわたしのHPを知らずに来てくださるほうが気楽に鑑定できる。そんな事を話すと、お客様は優しい瞳でニコニコなさり、『伊東家の食卓であなたが出たのを見なかったのが残念だった』と言われて、ほっとした。あの私は疲れが凄くておそろしい表情をしていて、私の知人から気の毒がられるほどだったので、出来る限り観られたくなかったからだ。

そのお客様を私は初めてお目にかかったとは思えない気がするほど身近な存在に感じたのだが、きっと私のHPを通して一年間もかかわっていただいているせいかもしれない。
このお客さまから、『占いは当たっていると思いましたが、あなたの占いの答えにはこういう質問にはこう答えるというパターンが用意されているんじゃないですか?』と帰り際に言われた。
『そう感じましたか? まったくそんな事はないですよ』

人のかかえる悩みは大概は似ているが、抱え込んでいる内容はその人物があらゆる人との組み合わせからの対人関係でトラブリ方が変わるし、各人それぞれの違った状況や環境によって問題は様々に変化する。
状況はあらゆるものとの相互作用で無限なパターンができあがるので、悩みの答えは無限にある。
だから、決められたパターンだけで対応できるとは思えない。

しかし、使う易の種類は64しかない、その64の易の卦に病気・仕事・人間関係・心理状態・真善美の価値やら、自然現象、あらゆる場面の状況などに、易の意味を変換させて読み解かないといけないのは、かなり大変なことだと思う。
しかしコンピュータの入力情報は01の二つだけでできるのだから、01は陰陽の二元記号とも言えるので、易とコンピュータ理論は共通している。
時々、私は自分の占いの判断の甘さに後から愕然となる事もあるし、壁にぶつかり苦戦する事もある。
今もまた新たな壁にぶつかっている。
何回目の壁だろうか・・・・。
バカの壁とか、学問の壁など、壁シリーズの本が最近ははやったが、人生の壁は
終わることなく続いているように思えて、チョット今日の気分は正直しんどい