死者を107人も出してしまった脱線事故について、易日記に書こうとしているのだが、パソコンに向かって文章を打とうすると、腕と指が異常な重さを感じ、いつもどおりに気楽に綴る事が出来ないでいる。
気持ちが落ち着かず、席を立っては、お茶を入れてみたり、窓を開けて、どんよりとした重い空を見上げ深呼吸をする。
先日、私は都心に向かう為に電車を使ったのだが、先頭車輌に乗った。
朝の通勤時間、日頃混む筈の電車が、先頭車輌だけはいつもよりも乗客が少なかった。
起こり得ない筈の電車の事故を、警戒する人が増えた事を感じた。
もう滅多に同じような事故は起きないと思うが、今回の悲惨な事故から、多くの人達が脱線事故や突然の災害を案じるようになったのだろう。
まさか、電車に乗っていて死んでしまう事があるなどとは、夢にも思えなかった。
テレビや新聞を通して、亡くなった方達の家族構成や生活ぶりを知ると、普通に生きれる事がどんなにかけがえのない有難い恵みだと知って切実な気持ちに成る。
「家に帰れる事」「家族と語りあえる事」「友人と会える事」「子供のためにお弁当を作る事」
「庭の草をむしれる事」こんな事は誰もが簡単にできる普通の事・・・こんな普通の事を出来る事をあえて人生の幸せとは、なかなか思えない私だった。
家の用事が出来たり、家族が喜ぶ食事を作ってあげれる事は当然の事であり、欲を言うならばかなり面倒に感ずる心を悩ます問題にもなってしまう事もある。
こんなささやかな日常を迎える事が出来る事が、人にとって大きな叶わぬ夢となってしまうほど、普通に生きれる事が、どんなに大切なありがたいことなのかという事を今回の大事故を通して、しみじみと思う。
運転手の高見隆二郎さんが亡くなってしまい、詳しい状況を聞くことが出来ない事を
残念がるJRや警察のコメントを知り、それならば、亡くなった運転手さんの気持ち等を易を使って聞いてみる事にした。
出てきた卦を見て、心が震えてうなり声がでてしまった。
問い)亡くなった運転手さんの高見隆二郎さんの事故を起こした事にかんしてのコメント
天文 天地否 之卦 既済 本卦 山風蠱
主爻 泰 主爻 否
人文 風水渙
地文 天地否
電車の機能が正常に働かなかった。
事故を起こす前からブレーキが利きづらかった、と出ている。
つまり、車輌の停止が40メートルも延びてしまったのは、本人のミスではなくて
ブレーキの不調によるものだと言うのである。
日頃ならば、普通に出来ている事が、今回は通用できなかったと言うのである。
こういうコメントを易の神様から頂いたのだが、人間は生きていても死んでいても、人格が変わるわけではないし、自分の思い込みと真実が同じだとは限らないので、亡くなった運転手さんの言う事が、本当かどうかを確認する為に、車輌の機能が正常だったのかどうかを占なう事にした。
天文 水山蹇 之卦 天沢履 本卦 乾為天
主爻 大畜 主爻 頤
人文 大壮
地文 雷水解
地文の「雷水解」は緩むという意味がある。
中古車などを購入する人が、その車の状態を易に問う事があるのだが、そのときに「雷水解」が出ていたときは、ブレーキが利きづらい事が今までの占いの統計結果としてもはっきりと出ている。
つまり、今回の脱線事故はブレーキが利きづらくなっていた事が事実だと易は示す。
また、「大壮」ならば非常に勢いの強い卦なので、スピードもかなり出していたといえる。
スピードを出さなければ、ブレーキの機能に緩みがあっても大事故に至るほどの事は無かったのだが、スピードとブレーキ機能の弱さが複合されて起きた事故だったのである。
つまり、車両のブレーキがまったく正常ならば、スピードを出しても今回のような事故にならずに済んだといえるのである。
運転手さんがまるで加害者のように言われているが、彼も被害者なのだ。
被害者でありながら悪く言われてしまう運転手さんは、本当にかわいそうである。
粉々に破壊されてしまった電車から、ブレーキ機能の不具合を見つける事が出来るのか、
あるいはそれを見つけても、JR西日本は証拠隠滅を図ってしまうのではないかと
気がかりだが、しっかりと検査をして事実を知って欲しい。
最後に、事故で亡くなってしまった人達のコメントも祈って易に出していただいた。
天文 水地比 之卦 天沢履 本卦 火沢けい
主爻 地沢臨 主爻 地沢臨
人文 雷沢帰妹
地文 坎為水
私は易を信じているのだが、昔、私の易の先生は占いながらよくこんな風におっしゃっていた。
『不思議ですよね・・・、わざと易の卦を自分で作って出しているんじゃないのに
ちゃんとその問題にふさわしい卦が出るんですよ。だから、易を信じない科学者に
傍にいてもらい、一部始終占なうのを見てもらって、嘘が無い方法で占なっている事を観て貰い、どうしてこんな風にその質問にふさわしい卦がでるのか、それを知ってもらいたいですね』と、こんなふうに話していた事が良くあった。
この亡くなった人達の心を占なって、わたしも先生の言葉を思い出した。
この易は、どうにも成らなくなってしまった悲惨な状況の卦や、思わくちがいの気持ち
親しい人に会いたい、ただそれだけが出来ること、それがどんなに幸せな事だったのか・・・、愛する人達に会いたいと思う気持ちだけが、この卦に強調されていた・・・・。