日本で初めて鉄砲を作った八板金兵衛の娘「若狭」 2005/5/29

歴史上で知りたい人物の知られていない真実を知りたいと思うことが、時々ある。
明智光秀は織田信長を倒した後、農民の槍で殺されたというが、
本当は徳川家にかくまわれ、生き延びることができたのではないか、という説もあるが、
事実はどうなのだろうか?とか、
信長の妹「お市の方」が柴田勝家亡き後、自害した理由は、夫を慕ってついていったのか、あるいは世を儚ん(はかなん)での自害だったのか?
城が滅ぼされても奥方は自害しなくてもよかったのに、お市の方が自害した本当の理由は知られていない。
徳川埋蔵金は本当にあるのだろうか?また、あるならばどこにあるのだろうか?
こんな問いかけを、いろんな人達から受けたことがある。
これらの質問にそのつど占い、自己満足ではあるけれど自分の小さな想いの世界で歴史上の人物の気持ちを感じとってきた。
人の感性が歴史という時間軸の中を途切れること無く、まさに川のように流れながら、人々の織り成す魂の葛藤が、哀感という陰影を作り上げ、哀感が深ければ深いほどロマンが膨らみ、悲しみが美しささえ感じさせながら歴史は流れていく。

人間の想いには、古代から永遠に無常観が避けられなかったように思えるし、他人の思いも、歴史上の有名な人の思いも、人生にものの哀れを感じている。

ドイツの文豪ゲーテが言うように、悲しみや苦しさを覚えず、魂が本当に幸福でいられるためには「白痴」になる以外ないのかもしれない。

歴史上の過ぎ去った証拠も取れないようなことを占っても、当たったという証拠はないのだが、そんなことを書けば書くほど「いい加減な奴」ということにもなりがちである。
歴史上の人物の知られていない運命や心の中に関しては、いつか別の形で書いていきたいと思っている。
今回は、日本で初めて鉄砲を作った人「八板金兵衛」の娘『若狭』についての問いかけを頂いたので、そのことを占った。
今の私がセンチメンタルなのは、この若狭と若狭の父の思いを占いを通して知ってしまったからだ。

鉄砲を売りにきたポルトガル人を乗せた明国船が1543年に種子島に漂着した。
当時の金額で概算すると2億円を払って2丁の鉄砲を購入したそうだ。
その鉄砲を作らされたのが、鍛冶職人の「八板金兵衛」(やいたきんべえ)だった。
鉄砲をつくる技術を与える条件として、ポルトガル人から、八板金兵衛の娘をほしいと言われ、八板金兵衛は娘『若狭』をポルトガルに嫁つがせた。
日本に始めて鉄砲が来たのは、ポルトガル人によってだということを誰も知っていることだと思うが、その裏には若狭親子の犠牲や悲しみがあったことをわたしは知らずにいた。

若狭に関する記録が残されていないというが、若狭のお墓が日本にあるという説、ポルトガル船が中国に行き日本に戻ったとき、父親が「若狭」が急死したといってポルトガル人である夫に「若狭」を引き渡さなかったという話もある。
「若狭」の棺を開けろ!と迫るポルトガル人に、若狭の父親は拒絶したという話もある。こんなことから、若狭は鉄砲の犠牲にならず、日本で平和に暮らせたのではないだろうか?果たして本当に娘「若狭」はポルトガルに行ってしまったのだろうか?
本当のことを知りたいというメールを頂き、私も気になって占うことにした。

『若狭』はどういう人生を送ったか?

天文   乾為天    之卦  雷沢帰妹  本卦  天沢履
               主爻  雷火豊    主爻  同人
人文   雷火豊
地文   坎為水
天地   天水訟

若狭はポルトガルに行き、正式な妻とされることは無かった。
お妾さんとしての扱いでもなく、ポルトガル人たちに娼婦として扱われ、人生も短く終わったようだ。
若狭を貰って行ったポルトガル人は他国にいくたびに、その国々の女性を一人づつ貰って行き、国に帰って生活の羽振りは良く、たくさんの女性をはべらせていた。
若狭は誰からも暴力を振るわれるようなことは無かったし、若狭に対して優しい言葉をかける男性はいたが、心から信頼できる人はいない寂しい人生だったのである。

若狭を貰っていったポルトガル人は、日本だけでなく訪れた異国の女性達を、国の土産として持ち帰っていた。
当時の若狭の年齢は、今で言うならば子供の年齢で14~6歳だったとおもう。
そして三十代後半か40代前半くらいに病気で亡くなっている。
若狭をポルトガル人に渡すことを、若狭の父「八板金兵衛」は、娘が正式な妻とされないことを感じていたが、戦国を生き抜くために、鉄砲を作り上げることを使命と信じ、若狭にポルトガルに行ってくれるようにと頼み、若狭も自分の存在が役に立つならば
それが自分の天命と信じ、ポルトガルへ行くことを快く快諾した。
当然日本語しか話せないし、外国へ行けば誰も日本語を話せる人もいない、そんなわからない国へ行き二度と戻れないことを覚悟した若狭は、決断力のある犠牲的な根性の娘だった。
またポルトガルの文化の華やかなものを見せられ、日本に無い華やかさを味わえるという好奇心も若狭の気持ちにはあった。
実際、ポルトガルでの生活は物質的には何の不自由もなく、おしゃれな品物に囲まれた生活をしていたという。
若狭の容姿は、背は非常に小柄で足は短く器量は十人並みだったが、細面の眼の細い寂しげな顔つきだった。
若狭の父は、娘がいなくなってから鉄砲のために自分の娘を犠牲にしたことを嘆きつづけ
、いつか必ず帰ってくると待ちわび、神仏に若狭の幸せを祈る毎日だった。
そして、海に行っては、遠いポルトガルにいる若狭に思いを向けて話しかけ、お酒を飲むと涙がとまらなくなっていた父親だった、と易に示された。
若狭の父はドライなエゴな父親ではなく、戦国の世を勝ち抜くための使命感に燃え、
鉄砲作りに取り掛かったのだが、自分の娘を犠牲にしたことの苦しみは、生きることそのものが耐えがたいと思うほどの苦しさを与えていたらしい。
若狭も親の深い愛情を知っていたからこそ、犠牲になることを耐えがたいと思わず、親に対する心からの忠義として、自己犠牲を当然の気持ちとして受け止める女性だった。
ポルトガルに行って亡くなるまで若狭は「これが自分の天命だった」と思い続けていたのである。

若狭の父の娘を手放した後の気持ち

天文  噬ゴウ  之卦   需     本卦   沢天夬
           主爻   小過   主爻   火山旅
人文  天山遯
地文  山水蒙

(ほかに「若狭の人格」・「若狭の容貌」・「向こうに行ってからの若狭の気持ち」・「若狭を貰いたいといったポルトガル人の人格」・「若狭がポルトガルに行くと決断するときの気持ち」などを占いました。これらの占った卦から若狭に関することを書きました)

余談1

根性とかやる気とか、そういう気持ちが心から沸くと、元気がみなぎりますよね。
やる気がでてほしいのに、このやる気が出てこなくて苦しい私です。
どうしたらやる気がでるか・・・、そんなことばかり考える最近です。

今週は、本屋さんで見つけた本がありました。
新潮新書で、知性をただよわせた茶系の表紙です。
仕事も勉強も人脈もアップさせる、ひたらく言うならば、出来る人間になれる術が
書かれてあると表紙が主張している本を見つけたのです。
「よし!これを読んでやる気を奮起させよう!」と、勇んで買ってきました!

私にとり、人生始まって以来、これほどすごいと思う本を、読んだのは初めてだと思いました。
200ページ近い本です。
大学教授が著者です。
何がすごいかと申しますと、最初から最後まで同じことしか書かれていないのです。
「やる気を起こすには○○を持つこと!」この○○を持てば気力が沸き、やりたいことが
やれるようになるというのですが、この内容では週刊誌一ページで十分に事足りる内容なのです。
それを187ページも使って、同じ内容の繰り返しで、いったいこんな内容の本を出すことにプライドが傷つかなかったのか?
あるいは商売なので勝手にゴーストライターにお任せして、印税だけをもらえばいいのだろうか?こんなふうに、おもわず著者の心理を空想してしまったのですが、すごい本を平気で書ける人がいる事に感心してしまいました。
本の題名は書けませんが・・・・・^^;
やる気がほしいと思って、書店でこの本を見つけたとき、どこのページでもいいですから立ち読みで2-3ページ読めば、全部の内容を読んだことに成ります。

余談2

お客様のご相談を通して、社会の状況を知ることが出来ることが多くあります。
国は赤字国債を莫大に抱えているために、国内ではいろんなところで援助を控えています。
国立の大学も、予算を大幅に削減されて、運営状況が大変なようです。
ある国の大使館が、引越し先を探しているのですが、その大使館に日本政府は10億円の
無償資金を援助しました。
その大使館は、そのお金でビルを購入する予定ですが、日本は赤字財政の状態で、外国の大使館にもこうやって援助するとは、ほんとうに身内に厳しく外面を気にしすぎる国におもえました・・・・。
よその国の大使館に新しいビルなどなぜ買ってあげる必要があるのか、私には理解できません。
政府のやり方は、家族に節約させてボロを着せて我慢させながら、他人に豪邸を買ってあげるような、そんな感じすらします。

私の占いでは、テロ組織が日本に侵入するために、その大使館を利用することも裏では考えられていると出ているのです。
政府開発援助といって莫大な資金をたくさん隣国に払っていても、文句を言われ、うらまれている日本です。
せめて政府が払っている援助金をもっと公明正大に報道してもらいたいと思いませんか?