信じる力 2005/8/28

今、私は怪我をして、左肩の靭帯を切ってしまった。
そのために左肩が前にでて、腕をぶらぶらさせていて、カッコ悪い。
仲間の占い師から、「あなたは歩き方も宙を歩くように奇妙なのに、腕までぶらぶらさせて、ますます不気味になってしまった!今後もっと悲惨な怪我をして、とんでもない姿になるのも時間の問題だね」と、笑われてしまった。

わたしの怪我は、8月の上旬に近所の植芝流の合気道の道場で投げられて
怪我をしたのだが、こんな年になって武術に興味を持つ事自体が変人だと、あきれられ、合気道を習う事を占ったほうがいい、絶対に向いていないと出るだろう、と仲間の占い師からアドバイスされた。

「運動嫌いな人が急に合気道をやるなんて、よっぽどインパクトのある合気道を見てしまったんだろうね!」とも言われた。

「そうなのっ!本当に不思議な武術が世の中にはあることを知ったの!!
全く力を入れずに、指一本をそっと相手の肩に触れただけで、武道で鍛えた相手が飛んでしまうのよ。こんなスゴイ事ってありえないでしょう?だから、どうしてもそんな不思議な武道を味わいたくなったのよ。皆さんだって、この武道を見てしまったら、絶対に興味がわいて習いたくなるって思うよ」
感動を込めて話す私を、冷めた瞳で見つめる占い師。

にんまりと笑いながら私の話を聞いていた占い師が「そんなことは不思議でもなんでもないわ。人間の感応って言うのは、それくらいの事は当たり前の事なのよ。気で病気を治す事だって可能だし、椅子に座った人を指で持ち上げて、その相手の重さが、持ち上げる側に全く伝わらないって事が一時はやったこともあった。あれは普通に持ち上げようとすると、重くて持ち上がらないのに、頭に手で気を込めてからやると、持ち上げる側に、相手の重さを全く感じないで高く持ち上がってしまった。力を入れずに人を飛ばすことよりも占いの方がはるかに不思議で凄いのわよ!」と自信満々で返された。
こんな話を聞いて、私も指で座った人を持ち上げる事を、中学生の頃、同級生達と、キャーキャ言いながらやっていたことを思い出した。

私にとり、神秘を神秘だと思う常識派の社会人と、神秘を神秘と思わず当然だと思っている人達の両方の世界を行ったり来たりできることが、空想と現実を統合させていけて
かなり楽しい。

私が、ある道場で見てきた不思議な技を家族に語っても、信じてもらえないのに、神秘現象を神秘と思わず、当然の事だと言い切る占い師たちの反応を、わたしはまぶしく感じた。

もう一人の占い師は、「力を入れずに強い人を倒せることが不思議ですごい、と感動しているあなたの方が不思議です。」と、ほんとうに不思議そうな眼差を私に向けてきょとんとしていた。

「力を入れないで、指一本で人が飛ぶとか倒れる事なんて、そんなこと不思議でもなんでもない。人はそんなもんです!不思議な事ではないよ!」

「感応するとか反応するとか、いくらでも人間の体は、浮くとか飛ぶとかやわらかくなるとかいろんなことができるようになっているし、木の気を貰って病を癒す事だって出来るようになっている。力なんて関係ない、気持ちがコントロールできれば、人を飛ばすことなんて簡単だ」と断言された。

仲間の占い師さんは、よくぞここまでと思うほどに占いを極めるためには
全力投球している人が多い。占いの勉強にかけた費用が500万円以上と言う人もいるし
金額に糸目をつけないほど、占いを極める事に人生を賭けている人がいる。

わたしの仲間には、スプーン曲げも力を入れずにできちゃうし、パチンコ屋さんの台をみても出るか出ない台くらいかは分かっちゃうし、病気も治しちゃうと言う占い師もいる。

占い師にはいい加減な人も多いという印象があるが、私の知る占い師たちは、本当に凄い勉強熱心で真面目に神秘ごとに取り組んでいるので尊敬してしまう。

世間の非常識が、占い師の世界では常識と思ってもらえる。
神秘が神秘でなくて、当然の事とされる。

私には不可能だと思っている神秘的な技、力を入れずに相手を飛ばせる幻の合気道の技を
私が習得できるのかと、信頼できる仲間の占い師に占ってもらう事にした。

私の生年月日を知る占い師と、タロットで占ってくれた二人の占い師から
その幻の技を私はできると、力強く断言してもらった。
「そして、私にもできますよ」と、癒し系の占い師は、おっとりとつぶやいた。
「やってください!」即お願いするわたし。
合気道など何も知らない女性占い師、私が自分の全体重をかけて押さえ込んだ両腕を力を入れずに、バンザイ!と言う感じで一気に両手が高く上に上がり、私を瞬時に上に上げてくれた。
私     「ありゃ!????どうして?」「どうしてできるの?」
仲間   「信じる力です!」

力なんて関係ないですよ、信じることが必要なのよ、と話す占い師達なら
不思議な合気道の技もできるようになる気がしてきた。
皆も合気道を習ったらできるようになるねと言うと 「そんな事できるようになりたいなんて思わないです。飛ばせたって意味がない!」と全く興味を示さなかった。
「そんなことよりも、大きな木の気を貰って、病を癒す事に使えるようにしたほうが
価値があると思う。」とも言われ、
わたしが、不思議な力を武道に求める事が、子供ぽくて男の子の心だといわれて、確かに
仲間の占い師達の価値観のほうが、私よりも純粋に心に価値を置いているように感じた。

凄いな・・
「信じる力」が絶対だといった占い師さんは気持ちの優しいきれいな心の人です。
鍛えない人、闘いたくない人、そういう人こそ、鍛える事によって
神業の力が備わっているのではないでしょうか、そして幻の力が備わった人は、武術的な強さを望まないという、そんな皮肉な事がありえるかもしれないのです。

鍛えれば幻の強さを出せる人が、そんなことに興味を持たないという、心と体の反対方向にある意識を研究する価値がある気がして、ちょっとロマンに浸っています。