「枯れるように死ぬ」 2006/11/19

枯葉が舞う季節 になりました。
落ち葉を掃くとカサカサ と金属の音を立てます。
落ち葉を掃除して庭が綺麗になると、冬の到来を待てる気分となりました。
秋はセンチな気分を呼び覚ますの でしょうか、落ち葉を掃除しながら死を連想しました。
落ち葉で死の連想とは、考えすぎと思われるかもしれませんが、
易の卦を最初に考え出した神農様は(別名・伏義)枯葉を観て死の卦に当てはめたのではないかと想うのです。
易には死を表す卦が色々とあります。
5千年前でも、死のパターンをきちんと洞察してそれを丁寧に易で表現しているのは、古代人の生と死への捕らえ方が深かったことを感じます。
同じ死でも肉体から魂が離れる状態を示す易が『離為火(りいか)』と言う卦です。
離為火の易の卦には、智恵とか明 らか・美・火・目・血液・付く離れる等の意味があります。
この離為火の卦は、易の記号では火を二つ並べたものです。火は物を乾 燥させるので乾燥した状態が離為火の意味にあります。
生物は水分があるところに生存しますが、体が水分を失うと生命を維持できないで、体から魂が離れる時は、体から水分が蒸発して乾燥に向かっていると、離為火の卦は示しているのです。
大雑把な言い方ですが、易の卦は 陰陽の組み合わせで万物を八種類に分類しています。
易はたったの八種類の分類の物を二つづつ組み合わせで意味を成りたたせているのですが、水を二つ組み合わせると命が存続しつづける意味の卦としています。
その卦は「坎為水・かんいすい」 ですが、これは 終わりの無い苦難の道を示すのです。
つまり水の体を持っている間は苦難の道があるとも言えるのでしょう。
そして、易では水の裏には火があるのです。
表裏に正反対の意味を持つように作られている易の八卦ですが、水は苦難を示しますが、苦難の中に智恵を示す卦があることも、苦難を通して智恵を得る事が出来るという易哲学の思想が含まれているのです。
水を命と考え苦労と考え、火を死とも智恵であるとも考えたのが、今から5千年も昔の事なのですから、人の思考は時代の古さとは無関係に自在に深く捕らえたり考えたりが出来るのだと感じます。
天才はいつの時代にもいるのですね。
何万年前でもきっと天才は居るのですね。
人間もうまれたばかの赤ちゃんは みずみずしいですが、年とともに水分が失われていきます。
老人も、まだ顔や体に水分が多い時はまだ寿命が充分にあるのですが、
死が迫ってくる頃には急に体が小さくなっていき更にしぼんできます。
瑞々しさがすっかり消え、骨に皮 がついたようになり無駄な水分も脂肪も消えた頃が、老衰の死に近づいた状態です。
ところが、意識がなくなった老人でも病気になり入院すると点滴を受けるので、点滴が水分を体に維持させるためになかなか死ねない状態が続くのです。
病院では意識が無い眠り続 ける老人を「いつ死んでもおかしくない」と言いますが、点滴のお蔭で植物状態のように生き続ける老人が多いです。
水分を補給して体を枯れさせないようにしているのですから、命は簡単に消えないのです。
枯れる時期に水分を与えて命をつなげていくのが現代の末期医療でもあります。
今の末期医療では、意識の無いまま死んでいくしかない老人を大切な命であるという信念を持っています。
たとえ当人が無意味な延命を望まなくても、苦しくベッドの上で昏睡状態を取り続けるだけであっても、ただ生かすという事が医療として望ましいと信じているようです。
医療費の莫大な出費を国は嘆きながら、意識が戻らない老人の末期の延命に莫大な医療費を負担することを当然に受け止める社会は、命の価値をどうとらえているのでしょう・・・
昔、食べる事が大変だった時代に 老人を姥捨て山に捨てに行ったのは、あまりにニヒルな合理的過ぎる対処だとおもいますが、命は地球よりも重いという台詞を言う人も居ますが、命の意味をしっかりと見極めていくと、呼吸をしているだけで命の価値があるとは言い切れないのではないかと思います。
意識も無く命を永らえるだけの生き方をして家族に迷惑をかけたくないと思う人もいますし、魂の尊厳を持ちたいと思う人も世の中には多いです。
我々一人一人がまだしっかりと意識があるときに、将来の自分の死を選択できたらと私は願っています。
枯れるように死ねること、体が乾燥の道を行く離為火の死は 自然な理想の死なのだと思うのです。
みずみずしい体を持って途中で死んでしまう人を考えても、枯れるように死ねることは理想なのかもしれません 。

余談

今回は理想の死と言うことを易の視点から書いてみました。
理想の死もそうですが、理想の仕事、理想の恋愛・理想の結婚・理想の人生
この理想を得られないジレンマを抱える相談が多いのです。

理想が得られないお客様の苦しげな表情を拝見するたび、私の
占いだけで、お客様の悩みが解決して理想が手に入ればどんなに良いだろうかと
思います。

当然のことですが、占いのアドバイスだけで幸福感を手に入れるのは無理です。
結局は本人の努力と生き方が絶対的なものであり、悩みの相談などする必要のない人生を生きる事が出来るように、充実感や気力や頑張る精神を持ち続けるようになって行くと幸せになれる気がします。
簡単なようでいて、この頑張る精神と言うのがなかなか簡単に持てないようです。

私のところに来てくださる占いの相談には、ユニークな楽しい相談も沢山ありますが、苦労をされている人の悩みが消えて、楽しい相談になってくださるのが私の理想です。

心から話せる人も居なくて孤独で寂しくて泣いている人が来ました。
人間関係にわずらわしいほど振り回され傷ついて泣いている人も来ました。
人が居れば傷つくが、人が居なければ寂しくて、それも問題だと嘆きます。

結婚できない不安で寂しく、泣く人もいっぱい来ます。
しかし、結婚して、もっと孤独や苦労を感じて泣く人も来ます。

子供が出来なくて泣く人もいて、子供が出来て、その子供に苦労をさせられて泣く人もいます。

就職できなくて苦戦する人、就職できたと安心したとたんに、その仕事の苦労に苦しむ相談となってしまう・・
人生は、どっちに転んでも心と言うのは苦戦しがちになって いるのかもしれません・・・
人生に苦難が付き物ならば、心が枯れる事が出来ればいいのかもしれません・・・
平常心で気持ち穏やかに生きる事が出来るような、そんな心を持てるようになりたいです。