「悲しみを幸せだと言えた人」2003/1130

外国人女性の話(易日記11/16)を読んだ人からメールを頂いた。

「この相談者は自分の友人です」という。

しかも、この人は、わたしのHPを今回初めて見たそうだ。

初めて見つけたHPで自分の友人の話を読むとは、ステキな偶然性を感じる。

許可も得たので、彼女のメールの一部をコピーさせて頂く。

人が経験した悲しいこと、嬉しいことを、他の人に伝えることって・・・すごく大切だと思います。

それぞれ皆、“自分”というちっぽけな器しかなくて、だけど他の人の経験を通して、何かを感じ、心が動き、その“自分”をいう器が、ほんの少しでも大きくできるんですから!

だからこれからも色んな方のお話(ドラマ)を聞かせてください!

私の話しでよければ是非、みなさんに伝えてください^^

この人は、なかなか恋多き女性である。

その恋も片思いが多い。

32年間生きてきて、今までの人生、彼女は悲しさと虚しさしか経験した事がないとメールにあった。

私から見ると彼女は普通以上に能力のある女性で魅力がある。

会社を立ち上げて事業をしているし、業績も黒字を出している。

さらに、現在大学へも通って障害者の教育に情熱をかけている。

これほどエネルギッシュに生きているのに、本人は今までの人生が悲しみと虚しさしか感じた事がないと言う。

彼女は障害者施設に研修に行き、そこで関わった8歳児のYちゃんという重度障害の子を通して色々な事を考えている。

Yちゃんの力のない指の感触を思い出すと涙があふれる彼女であり、

奇声を発して倒れたYちゃんが頭を打っても其の痛みすら表現できない事を知り、

痛みすら訴えることの出来ないYちゃんを通して、この女性は自分が悲しくて泣けることを幸福だと気付いたと言う。

私が多くの人と話して感じてきた事だが、人の幸福感にはある共通のものがある。

それは傍から見て恵まれているように見える人達の方が、気の毒だと思える人よりも

人生に虚しさを覚えていて不幸だといって嘆く人が多いことだ。

人気スタ―の胸のうちを聞いた事があるが、いつでも死を考えながらやっとこ生きていると言った人が結構居る。

わたしのお客様で神経を病んで通院している人は実際的な苦労はなくて、ご主人も穏やかであり子供も普通である。

生活に物足りなく刺激を求めて浮気をしている奥さん達が自分の人生が満たされずに生きる気力を失くしている人が多い。

また、親が資産家で自分の仕事を心配しないで良い境遇の人達も生きる意味を見出せないと言って引き篭もりになっていた。

其の反対に、失業して未来の生活に不安を感じる人や看病などに犠牲になって自分の人生を過ごせない人達が現状を打破する希望やタフな精神を持って頑張って生きている。

人間も花と似ている。

大切に飾られる温室の花は弱いが、

コンクリートの隙間からでも花を咲かせる雑草は寒暑風雪に負けないのと同じかもしれない。

日本は海老を外国から空輸しているが、海老だけを入れて運ぶと半分以上の海老が死んでしまう。

それで、生きているロブスターなどを中に入れると、8割以上の海老が生きているという。

緊張感が命をつなげる力になると言う事らしい。

抑圧されているとエネルギーが増えるのである。

圧力鍋のように抑圧して熱を逃がさないようにすれば溜まった蒸気が噴射するように、心も抑圧されると気力が上がる。

自由にやれない状況を苦しく思うから、自分の意識が希望を生み出す。

人生の泥沼から抜けられない思いを経験した人に限って、特別幸福に見えない状態でも

「自分は恵まれている」とか「幸福だ」という人が多い。

日常の平凡な結婚生活に不幸を感じて苦しむお客様の相談は多く、そこから神経を病む人たちが増えてきている。

「戦争の襲撃でも来ると神経の病や日常の不満も消えてしまうものだ。平和すぎるから不幸な気持ちになる」と私の知る老人達は語っていた。

物事は、2分される事で始めてその物を知ることが出来る。

だから分かるという字は、物を分けると言う字を使う。

悲しさを感じる事を幸福だと思った事は今までの私にはなかったが、

悲しさを感じられる事が幸福だと思えた彼女の視点は泣けないほどの悲しみを知った人なのかもしれない。

悲しさ・苦しさを現実に抱えながら、其の感情を幸福に思える人は滅多にいない。

幸福を幸福だと感じない人。

傍からみて、貧しく孤独で病気でも、そこに幸福感を覚える人もいる。

感情は自由に無限に広がる・・・・

でも、感情は思いのままにはならない。

メールを下さった方の「悲しめる自分は幸せです」という言葉がしばらく私の心に留まりそうだ。