「色々な占いの楽しさ」   2004/2/22

先日のお客様に、独身の40過ぎの男性がいた。

結婚できない事、鬱病になったこと、仕事で苦戦を強いられている事を、

引っ越した時期とその方位が悪いと言う事を吉祥寺にいる占い師から指摘され、今後の運勢はもっと悲惨になり、仕事も失って死んでしまうと言われたと言う。

結婚できて仕事が良くなって鬱病が治る方位を教えて欲しいと言う相談を受けた。

方位の鑑定を専門とする占い師は多いのだが、私は、どんなに良いといわれる方位に行ったところで、自分が良くないものを選択したり、また自分自身が的確な行動や生き方が出来なければ、つまり要領の悪い人であるならば失敗をするのは当たり前のことで、物事の運の悪さを方位のせいにする事を消極的な生き方だと思っている。

方位鑑定代金として一般鑑定代金よりも2倍も支払ってきた方に、方位なんかに左右されるべきではないと言っては、その人に申し訳ない気がしたが、

犬ですら、頭の良い犬や、かわいらしい態度をとる犬は、運が良くなる話をした。

子供が登校拒否になったり、家族に病人が出たり、失業して運勢が全く悲惨になっている人たちは、運が良くなるといわれる方向を示されたり、いくべき神社を示されると

気持が落ち着く人が多い。

「十年も神社めぐりをして、良いといわれる方位に行っています、之だけ努力しているのにまだ運が酷いのは霊障です」と言う人も結構いる。

運が悲惨でどうにも成らないときに、良いといわれる方位に意識をむければ

気持が楽になるのは救いである。

良い方位に行く事が、幸福になれるかどうかの信憑性については、なんとも断言は出来ないが、当たる当たらないという結果よりも、そう信じる事によって、落ち着いたり安定する人は多く、心の安定に役立つ・・・。

心が安定すれば、気持も明るくなるし、気力も湧き上がる。

未来のよさを信じる気持が運勢を良く築き上げる事は大いにある。

ちなみに私に対しては、たまには楽しい思いを味わった方がいいから西に行ったほうが幸せになりますよっ、と気学の占い師からアドバイスして頂いた。

自分も占い師だが、よその占い師から言われる運勢判断は楽しい。

何を言われるか、と言う、プレゼントを開けるような、わくわくした楽しさがある。

守護霊が見えると言う占い師からは、とても美しいシマ馬が私の守護霊だから

肉を食べると、守護霊が元気になって、私ももっと健康に成ると言われた。

私は焼肉が大好で、野菜不足なのだが、それでも肉を多く食べるともっと元気になるらしい。

一生に一度だけ占うと言う『トーテム占い』をアメリカインデアンの末裔である

占い師に、してもらったときは、『あなたは、このままで天国に行ける、こんなにきれいな心の人だったとは知らなかった。』と言ってもらい、自分では決して心がきれいだとは思っていないが、とてもいい気分になった。

本当に天国にいけるならば、早く行きたいとも思った。

さらに人を受け入れないようにしっかりと境界線を引く事が出来れば、運勢がもっとよくなるとも言われた。

こんな事を言われて不思議に思った。なぜなら、私の先生も若かった頃の私に対して同じような事をおっしゃって下さっていたからだ。

さらに、このトーテム占いから、私の占いを人に教えれば、裏切られて悲しい思いを味わうので、教える人を選ぶようにと言われた。

これらの占いがどこまで当たっているか、あの世に行くまで判らないかもしれないが、占いの弟子入り希望を求められるたびに、この時の占いのメッセージを必ず思い出す。

私が今まで占ってもらった占いの中では、このインデアンの人の占いは良く当たると感じる事が多かった。彼女自身は、当人の占いにあまり興味を持っていないのでホームページにも占いに関してはあまり触れていないが、私はこの占いが結構好きなのである。(リンク参照)

韓国の占い師が、「不幸は集団でやってくる」と話してくれた。

「幸運は決して集団では来ない。来たとしても珍客のよう珍しさで瞬間だ。」

「家族の病気、精神病、家の倒産、借金苦の人生で、老いた親と共に自分も滅びる覚悟をしながらこれから生きる。人生なんて、思い通りになんて生きることなんて出来ないものだと思っているから、それをあえて辛いとも思わない」と言う。

その人は、運命を信じているそうで、先祖供養が、自分のするべき宿命だと信じている。先祖が供養されない限り、其の家の不幸は末代までも続くと言う。

先祖の仏様が全員浮かばれない限り、家の不幸は治まらないというのが

その人の信仰となっている。

どうしたらその人の家が幸せになれるのか、その方法を私の占いに聞きたいと言われた。

一つだけ占って答えたが、占いに出た答えのすべてを気軽にその人に語ることは出来ず、

あくまで現在出ている現象と相手の状態を答えるだけしか出来なかった。

人間は自分が信じているかたくなな観念のままにしか生きれないと私は思っている。

その人の観念を私の占いで、一気に崩す事はできない。

その人が信じる先祖供養も、霊能者も、浮かばれない仏様やたくさんの幽霊の存在が

その人に不幸を与えると信じる限り、その人は本当にそうなるのだろうと私も思う。

この世の真実を見極める事など人間にはできない。

人が真実だと思い込むのは、あくまで自分の観念なのだ。

観念は人間の心が生み出した想像であって真実ではないが、そんなあやふやな観念が自分の運勢を作り出すのは本当だ。

「運勢」はよりよく変えるために在る、と私は思う。

的確な努力と柔軟な発想が出来れば、運勢はよく変化していくと言うのが私の信念なのだが、メールを下さった人から、自分は努力しても運勢を変える事が出来なかった。

つまり努力をしても自分の運勢を変える事が出来ない経験をした。

だから、人間の運勢は、努力が通用しない事が分かった。人生はすべてが決まっていると判ったと書かれていた。

自分の運勢を変える事が出来ない時期というものは確かにある。

それは駄目な親の支配下にいる時期もそうだし、自分自身の能力の開発途上である充電の時期も運勢は発展しない。

もちろん、死刑執行の刑を宣告されれば、努力をしても娑婆に出る事は不可能だろう。

運勢を変化させるには、現状を変化させるだけの力を育てないと成らないのである。

花が美しく咲くには、的確な手入によるが、咲いてしまった後では、どんなにがんばって努力をしても、現状の姿以上の良い花に変化する事はできない。

そういう意味では、間に合わない努力だってある。

一口に努力といっても、簡単なものではない。運を改善できるためには、ふさわしい時期もあれば、かける時間も必要で、コツややり方もあり、智恵も必要である。

「奇門遁甲」と言う占いがあり、それは良い方位に行く事で願望が成就するという、実に有難い占いらしい。

仲間の占い師が、それの効果を試してみると6回のうち5回も良い事があったそうだ。

だから、之はかなり信憑性が高いので、もっと試して実験していくと言っていた。

私の友人が、子供から家庭内暴力を振るわれているので、それが直ってよい子になる方位をぜひ聞いて欲しいと頼まれた。

そして良い再婚相手が出る方位も聞いて欲しいと言う。

私もこの友人の願望が方位で成就した暁には、その奇門遁甲を頼りたい。

効果のほどは、わかり次第日記に出します。