1997年神戸市須磨区の小学6年生『土師淳君』を殺し、頭を小学校の門の上に置くと言う異常な犯行が中学生の仕業だった事で、世間を驚愕させた事件。
他にも数人の少女を狙い、殺した。
反省が認められるので、少年Aの社会復帰が認められるという報道を聞き
神戸の少年Aは、自分の犯した罪をどう受け止めているのか、当人の本心を易に問い合わせた。
天文 地天泰 之卦 山風蠱 本卦 水沢節
主爻 地天泰 主爻 天地否
人文 沢地萃
地文 雷天大壮
解釈
彼の性格は、地文「雷天大壮」之卦の「山風蠱」で物を破壊していく事の衝動性を持った人だと示している。
人文の「沢地萃」では、この社会は有象無象の集合体で、虫を殺しても罪にならないように人間の命も虫と同じレベルだという感覚が彼の気性だと言える。
少年院で多くの人から、社会のルールを教えられ、世界を大きな視点でとらえれば、動物のように弱肉強食であっても罪にならない事が、人間世界では、殺しが「罪」となるルールがあるだけで、殺す事が間違っているとは思っていないというのが彼の発想であると、卦にでている。
彼の持つ衝動を抑えて生きる事が、この社会でのルールだと言う事を教えられ納得した為に、彼は今後は罪になる事をしないように自分の気持ちを抑えて生きていく気持ちに成っている。
しかし自分の中で湧き出てくる衝動性や破壊的な気持ちを、将来何らかの形で出す事はあるとも出ている。
今後人を殺す事は無いが、罪に触れない程度に動物を殺したり、生き物の手を引きちぎるとか、そういうことはどうしても衝動としての彼の本能で完全に消し去る事は無理だという。
性欲異常やチカンや盗撮などでつかまった人が「反省し二度としません」と言っても、彼らの性欲から発する欲望と嗜好が抑えられるかと成ると不可能なのと同じ事なのだ。
この易からの彼の心理を、彼に携わってきた人達に読んで頂きたいと思った。
私などは少年Aの言葉を聞く事が出来ないが、この易の説明を見れば彼は独断的な私の発想だとは思わないと思う。
私の思い込みだと思ったとしても、事実は当たっていると思うはずだ。
彼を知る内部の人も、この易に示されている彼の衝動性と彼の感覚を、少なくとも罪を犯していた頃の彼の内面だったと認めるだろう。
しかし、彼の内面は表面化していないだけで、現在も彼の気性として存在しているのである。
彼は知能的に賢いので、自分の得になるような演出も出来る所がある。
心理学的な見方だけで彼を判断しては、彼が犯行声明文で書いていたように、社会全体が愚かな野菜共になってしまう。
彼が安心して社会復帰する為に、彼の過去の経歴をつくり直して、別な人間として社会に出られるようにと、本人が申し出ていると言う。
本当に反省した人間を守る為に、国も協力するらしい。
彼の過去がばれずに社会に出る事が出来るわけだから、信用されない占いごときが、
彼の心理を書いたところで、透明人間のように社会で生きる事ができるようになる人の足を引っ張る事にはならない。
だが、彼を擁護する人は、きっと、こんな事をHPに書くことで彼の反省した気持ちをくじくだろうとか、彼の人格を信じない事が彼を駄目にしてしまうと思う人もいるだろう。
彼の希望は、社会に復帰して思いやりのある人間だけに触れながら生きて行きたいといっている。
善人で正しく生きている人達ですら、なかなか、かなわない希望である。
社会性のある人々は、社会にいる人間に苦労をかけられる事を充分に知っているので
彼のような大きな希望を口にしたりもしない。
ただ我々は、社会の汚れを自然とみなし、人の気持ちにも諦めを持ち、自分を我慢させて生きている。
普通の人は、他者の悪さに耐える心があるから、きっと罪を犯さないでいられるのだろう。
少年Aの社会に対しての期待の言葉からも、彼は世間の汚れを我々と同じようには許せない人だという事はわかる。
余談
満開の桜ですが、今日は寒くて雨でした。
桜の名所まで、雨の中車を走らせました。
桜並木が続く土手の付近は、雨の中でも有料駐車場が混み、車が沢山駐車していました。
傘をさして桜並木を歩く見物人もいて、こんなお天気でも人が集まる桜の人気に
人が桜に寄せる想いの深さを感じました。
私は車を降りずに、運転しながら桜と菜の花を眺めました。
我々は、外見の控えめな美しさと内面の潔さと芯の強さを桜に感じ、魂を刺激されるのかもしれません。
ヨーロッパで、最も人気で愛される花は薔薇ですよね。
薔薇と桜の気質って、正反対ですね。
薔薇ははっきり自己を誇示し、枯れるまで生に執着し、自分を守る為に棘を持つ。
私は、散った後まで美しい生き方をする桜の気構えをかなわぬ気持ちで見ています。