「娘のうつ状態の理由如何」  2004/5/23

私の娘が思春期に入り、憂鬱で虚しくてたまらないと言ってよく泣いていた。暗い顔をして沈んでいる事が多いので気になり、
私の先生の所に行って占ったことがある。
今回はその時の占いを書く事にしたい。

娘の鬱の原因は何か?
天文 雷水解(緩む)        不変   本卦  風沢中孚 (心・内面)
人文 火風鼎 (バランス)          主爻  火風鼎 (バランス)
地文 雷山小過(背中合わせ・不都合)

天地 雷山小過

「人の気持ちはこんなものでしょう・・・。私だってそうなります。あなたもそんな気持ちになることがありませんか?」そう答えたまま、
先生はしばらく何も語らなかった。
先生の瞳は潤んでいた。
長い時間黙ったまま潤んでいた。

先生もどうしょうも無い虚しさに苦しくなる事があるそうだ。
若いときは運動が得意でオリンピック選手になりたかったと話された。
先生は3年ほど前から、立ち上がる時も非常にゆっくりで、かなり時間がかかるようになった。
立ち上がるのか足の位置を崩すのか、先生の体の欲求は何を望んでいるのか、見ている側もなかなか判断が出来ないほど、先生の動きはスローモーションのようになっている。
その先生の前で私は足がしびれてしまい、つまずき転んでしまった。
その時に、立ち上がる事も大変な先生が、椅子に座っていたが、すばやい勢いで手が伸びて、私を支えて先生も転んでしまった。
幸い怪我をなさらなくて良かったが、あのすばやさには驚いた。
年が年なので、腰の骨でも折る可能性があるのでヒヤッとした。
私などは部屋の中で転んだって、びくともしない体なのだから、そのままほうっておけばよいのに、先生の運動神経が勝手に動いてしまったらしい。
先生の運動神経の敏捷さが老化して動けなくなっているはずの体の中から飛び出した感じだった。
まだ体の機能は大丈夫だと少し安心したが、老化してしまった先生を見るのは悲しくてたまらない。

先生の指導には、昔から易の解釈の説明はない。

「これは誰の心にもあります。」
「あなたにもあります。」
「それが人の心ですから心配ないですよ」とおっしゃった。

「心を言葉で表すことは完全には出来ないものです。」
「心をそのまま、言葉を使わずに、心のまま捉える事が本当の事であるように、
易の意味も言葉に置き換えて表現するのは本物にはなりません。そのまま受け止めなさい」と、
先生の教え方は禅問答のようである。

私は易の勉強に行ったときに、眠くなりそのまま体をコタツの中に入れて横になって先生と話そうとした事があった。
眠いとも何も言わないまま横になると、そのまま先生も黙って横になり二人で昼寝をした。
目が覚めた私の動きで先生も目を覚まして、また話を始めたが
先生は言葉で言わなくてもいつでもこちらの気持で動く。

「動物は人間以上に気持ちが読めるが、人間はバカすぎる」これは先生の口癖でもある。
そんな先生がこの春、老人ホームに入った。
「自分には易しかないのだから、遠慮しないでずかずか来て頂戴」と、自宅での電話の声が、とても悲しい声だった。
易の道具を持って老人ホームに行くとおっしゃった先生が、面倒を見てもらう立場でいかがわしく思われるような占いの道具などは良くないとのご意向で、
易の道具を持って行かなかった。
自分には易しかないという先生が、唯一の趣味まで抑えられ、先生の気持ちを思うと気の毒でならない。
人は老後には自分の力で生きる事が出来ない。
趣味すらも自由にならない。
バスを待つように、終焉の為の迎えのバスを何もせずに待つ晩年。
私はわずか1時間ですら、何もせずに待つのは苦しい。
まして命の最後まで何もせずに待つ事の苦しさはどんなに苦しいかと想像する。
これも乗り越えるべき人生の最後の試練なのだろうか?

余談

昨日も、沢山の悩みを伺った。
趣味や仕事の選択などを質問しに来てくださる方も居られるが、
ほとんどのお客様は、皆悩みを抱えていらっしゃる。

失恋中の人・離婚した人・ご主人に浮気をされている人・家庭内暴力を振るわれている人・
新婚当初から指一本も触れ合う事がないと言う婿養子の夫に悩む、資産家で美人の奥さん・別れたい相手からストーカー行為を受け、
恐怖で好きでもないのに好きなふりをして頑張っている人
・失恋の苦しさに食事も喉を通らないという人
・失恋の苦しさに相手を殺してしまうかもしれない自分の衝動性が怖くて自分の心が今後どうなるかと占いに質問する人等等。
苦しんでいる人達は自分の心が、その問題にぎゅうぎゅうに振り回されて不幸と言う名の底なし沼に入り込んでいる。
悩みというものは、本当に不思議なものだと思う。
悩みは悩みとして存在するのではなくて自分自身の心が、
持ち主の自己に許可も取らずに勝手に悩みとして苦しんでいるように思える事が多い。
心が思い通りにならないのは、心は別人だからだと、言った人もいる。
おもわず「?」と考え込んだが、確かに「そんな風に思って苦しまないで!」と言いたくなるほど、
想いに振り回されるもう一人の自分が存在している。
悩みは、老若男女貴賎賢愚を問わずに、あまねく行き渡っている。

生きている限り、何かする限り、必ず生じる悩みやトラブル。
人の苦悩を聞くたびに、人生や心を大変に厄介なものだと感ずる。
しかし、この死ぬほど悩まされるトラブルの存在に心を痛める事が、人生の充実期なのかもしれないとも思える。

私の師が入居している老人ホームに行って来たが、そこの御老人達は何もすることなく、
ただベットに横たわり、食事の時間が来ると、
スタッフから抱き起こされて車椅子に乗せてもらって食堂に向かう。
することは三度の食事だけ。
私がちょうど老人ホームに着いたとき、私の先生は食堂の前のロビーで杖をついて窓の
手すりをつかんで立っていらっしゃった。
丸くなった腰をかがめてじっとうつむいたままの先生だった。
私は先生を驚かせたくて黙って近づき、先生の腕をとったが私を見ようともなさらない。
『先生!』と声をかけると、先生は雷に打たれたように「はっ!」と大きく目を開いて、
「わ~~~~~っ!」と声をあげて持っている杖を振るい上げて、床を打って驚いてくださった。
「まぁーーーーっ!あなただったのっ!!!来て下さったのですか!嬉しいわ!嬉しいわ!!」と
何度も何度もおっしゃってくださった。
先生の喜び方があまりに大きくて、そのホームでの生活の虚しさがどれほどなのか理解できた私は、
切なさと悲しさで涙が止まらなかった。
先生はスタッフの人たちに私の事を紹介しようとなさっていた。
『この人はね、赤ちゃんの頃から私のところに来ているお弟子さんなんですよ』
『赤ちゃんの頃じゃやないですよ、先生、私が25歳の頃ですよ』と言うと
『あら、そうでしたか?あの頃のあなたはとっても小さな子でしたよ』とおっしゃる。
先生にとって、若い頃の私は小さな子供にしか見えなかったようだ。
私の25歳の頃も35歳の頃も、わたしは先生にとって小さな子だったのだと思う。
(いまだに私の心は幼いけれど・・・・。)

この老人ホームはトイレに行くことすら自力で出来ない老人がほとんどだった。
大勢の御老人を食堂に連れて行くスタッフの仕事が大変で食事の時間の一時間も前から
車椅子の老人達は食堂の前のロビーで食事を待ってもらう、とスタッフが説明してくださった。
皆、車椅子に座ったまま何もしないで待っている。
ロビーにあるテレビをスタッフがつけた。
アニメが映っていたが、誰も番組を選ぶ気持ちもなく、流れ作業のように
車椅子に座っている老人達がテレビの前に運ばれるが、誰もテレビを見ているわけでもなかった。
時々、御老人が、私に向かって『お母さん、こっちに来て』と呼ぶ。
行くと、『向こうまで連れて行って』とか『自分にもお話をして』と言う。
手を撫でてあげると、私の手を握り、『ずっとここにいて』といって手を離してくれない人がいた。
ホームの御老人たちは決して仲間の老人とは話したがらない。

何も出来なくなった御老人達を通して、乗り越えなくてはいけない悩みを抱えて必死になっている事が、
人生にとって恵まれた時期なのだなと心から思えた。

悩みを抱えて苦しみながら生きている人達が、本人にとっては不幸でも、何も出来ない御老人と比べれば、
エネルギ-に満ちたまぶしく輝いた存在なのである。

人や全ての生き物の根源的な幸福感とはエネルギーを発散できるかどうかであり、
今持っているエネルギーをどう使えるかが、幸福に至るコツなのだろう。