「伊東家の食卓」 2004/5/30

我が家の娘が、番組に裏技を出して採用され、今日はビデオ撮りに番組製作会社が我が家にやって来ました。
娘の学校がテレビ出演を禁じる為に、娘の代わりとして母親の私が一人で出る事になったのです。

裏技と言っても、知っている人は知っているという大した事のない技を得意げに披露する恥ずかしさもあり、今日のビデオ撮りは、とても恥ずかしい気持ちでした。

私にとって、無事に裏技を披露して収録が出来るかと前日に占いましたので、今日はこの易について書く事にします。

「裏技の収録の出来ばえ如何に」

天文  離為火   之卦   雷山小過    本卦  地山謙
            主爻   地雷復      主爻  火雷ゼイゴウ

人文  地雷復

地文  火沢けい
天地  火沢けい

かなりきつい卦が出ており、何とかこの運勢を当てない方法を工夫しなければならないと考え込みました。
「火沢けい」は、ちょっとしたことで、うまくいかないという意味なのです。
さらに、「火雷ぜいごう」は、苦しくて歯をくいしばっています。
「地雷復」は、修復ですから、何度もやり直しをしています。
之卦の位置に出る答えは未来を示すのですが、「雷山小過」は駄目だという意味です。
もしかすると駄目な収録となり
取り直しになってしまう可能性が濃いと感じました。
あるいは私がかなり酷い事をしてしまうのですが、自分がそこまで酷い事をするとは思えません。
本卦の「地山謙」は世間の信用を得るという意味の卦ですから、結果的には何とか通用させていく事ができるのですが、そこまで行くのに、かなり苦労と失敗がある卦なのです。

前もってこんな風に、運勢を悪く言われて、気分が重くなりました。

自分の能力が足りないから運勢が悪く出るのですから、能力を高める練習をつんでおけば、運勢の悪さを打破できるわけです。
そこで、前もって家でも、公開する裏技を練習しました。
タイムも計って目標の時間で出来るところまで何度も練習を積み重ね、之で運勢の悪さをフォローできたので、きっと問題なくビデオ撮りが完成するだろうと思っていましたが、今日の結果は、残念な事に、この占いに出たとおりになってしまったのです。

まず、私が、局側が持ってきた家庭用のビデオに向かって裏技について説明するのです。その台詞は局側が用意したものです。
たいした台詞ではないのですが、例えば、「~~~しながらカメラを見て、この台詞を言ってから、冷蔵庫の傍に言って、ドアを閉めてから、この台詞を言ってください。」と指示が出ます。
普通の人ならば、簡単に出来るのですが、私はこの行動と台詞がきちんと理解できないのです。
自分の脳のボケを不安に思っている私にとって、まさに自分の理解力と記憶力の病的な弱さを思い知らされて、何度も何度もやり直しで大変だったのです。
今言われた台詞を、「なんでしたっけ?」と何度も聞きなおして、90近いおばあさんのようでした。

やりながら、「之が運勢の悪さだったのか!!脳の記憶は努力では克服できない」とおもいました。

ところが、悪いのは脳だけではなかったのです。まず私は五十肩という右腕の痛みで
腕を使うのが、「うっ」と歯を食いしばるほどの苦しさなのです。
こんな時に、腕を使って、卵白をかき混ぜてメレンゲを作って見せなければならないのですが、腕が辛くて、持続できる力が維持できなくなり、目標時間で完成できない事が何度もあり、やり直しの連続でした。
伊東家の方でも、裏技は既に実験済みで、一般の子供にやらせてもできたそうですが、私が出来ないのですから、情けない事なのです。
成功すれば一回で終わる事が、失敗の連続で、何度も何度もやり直しで、そうでなくても苦しい腕が、「もうダメ!!神様助けてっ!」と、真っ赤になって言うほどでした。
卵白と黄身を分ける時には、「まず最初に、卵を二つ、黄身と白身にわけま~~~すっ!」と
明るく得意げに言ってくださいと、指示されました。
たいした裏技でもないのに得意げに言うなんて恥ずかしい!と申しますと、「そのほうが観ている側にとって興味が湧くので良いのですよ」とのことで、顔が引きつっている自分を感じました。
私は何度もやり直しで、やっとこ、スタッフからOKと言って頂いたときに、その時に割った卵が、双子の卵だったもので、その驚きで次に言うべき台詞が引っ込んでしまって、
「わ~~~~~っ!双子だ!あっ、いけないっ!こんな事言っちゃいけませんね!」という感じで、愚鈍なおばさんそのものでした。
スタッフの方が帰るときに、「又撮影しなおしに来るかもしれません」という言葉を聞きまして
易の卦に出ている「雷山小過」と「地雷復」の卦が頭によぎりました。
「ダメでやり直し」という意味です。
今日だけのやり直しだったのか、又さらに来てもらう事になるのか、再度占わないと
ここでは断言できませんが、やり直す事の苦しさを避ける事が出来なかったのです。