日本に帰国した拉致家族の方々が、子供たちを身元に引き寄せる事が出来た中、
曽我ひとみさんは、一緒に帰国した仲間達とは格段に不利な状態である。
最近の曽我さんの手記が新聞にもネットにも出ていた。
いないと分かっていても母親の姿を探しながら町中を歩いているという文章に、曽我さんの母親を案ずる深さが、いかに悲しく重いものかと想像する。
娘にとって母親の存在は、大きい。
親が元気で身近で生きていても、老いて行く親を心配し心を痛める娘は多い。
曽我さんの場合は、母親まで無理やり拉致され、安否も分からないというのだから
ほんとうにその悲しさや苦しさは、計り知れない。
自分の家族と音信も取れない複雑な人生を背負い、自分の努力と無関係に運命に翻弄され苦しさに歯向かうことすらできず、ただ耐えるだけ、待つだけなのだ。
これほど世界がグローバル化し常識や理性を重んずる時代に、悪が通用し正義が
通らない事が、私の単純な頭には理解できないでいる。
ある宗教の教祖の弁では、小泉さんが北朝鮮に行って家族を連れてきてくれた事を感謝する事もなく、ひたすら批判的にしか取れない拉致家族会の態度を、恐ろしい根性だと怒りを顕にしていた。
教祖によると、「自分の子供をそうされると言う、己のカルマを考えろ!」と言うのである。
全ての不幸をカルマとしてとらえる宗教は沢山ある。
私の易のお弟子さん達が、拉致された事は、そうなる因縁を持っていたのかと占った事があった。
前世のバチと言う発想を人間はするのだ。
理解し難い苦しさをバチだと思えたほうが、本人にとって気が楽になるのかもしれない。
私も嫁として虐げられたときに、自分が前世で嫁いびりをしていたバチを受けているのかと思ったことがあった。
それを占ってみると、「いびられても逃げる事もできるし、結婚相手も選ぶ事もできた。自分で選んだだけで、天から与えられたものではない」と易の答えに出ていた。
拉致も、カルマでもなくバチでもない、トンボや蝶が子供の虫取り網に取られるのと同じ事で、狙われただけだったと、易は示した。
お弟子さんたちは、「そうか・・・。バチじゃないんだ!」と、大きくため息を吐きながら
暫らく無言でいた。
宗教的な思い込みで人は心を傷つけている事が多い。
しかし、私は自分が嫁として苦しい時に、バチじゃないんだ、カルマじゃないんだと言われた時、嬉しくて号泣した。
その以降、わたしは、自分に降りかかる苦しさを素直に受けとめるのを止め、毅然と立ち向かう事にした。
それからは、嫁としての苦しみはかなり減っていった。
では・・・、
問い
曽我ひとみさんの御主人ジェンキンスさんは、どういう気持ちで北朝鮮にいるのか?
ジェンキンスさんは北朝鮮で暮す事をどう思っていますか?
天文 風天小畜 之卦 地火明夷 本卦 水火既済
主爻 天沢履 主爻 天沢履
人文 火水未済
地文 沢水困
ジェンキンスさんの性格
天文 天地否 之卦 沢地萃 本卦 艮為山
主爻 天風妬 主爻 乾為天
人文 地天泰
地文 風沢中孚
天地 天沢履
ジェンキンスさんは、本質的には円満な穏やかな性格だが、なかなか頑固で意志が強い人のようだ。
現在の彼の北朝鮮での状態は、管理され囲われた状態ではあるが、ある程度の待遇をされているらしく、この状態の生活が続くならば、このまま北朝鮮に残って暮しても良いと思う気持もあるらしい。
しかし、一方では、このままいつまでも北朝鮮で安心といえるほどの生活が続くという保証はなく、ジェンキンスさんは、その不安を持ちながら、二人のお子さんの事を一番気にかけている。
二人の子供の幸せが第一優先というのが、父親が娘を庇うという「天沢履」の卦に強調して示されている。
易によればだが、ジェンキンスさんの本心としては日本で安定した暮らしが出来るならば良いが、言葉や仕事などの問題を考えると日本で暮す事も、なかなかの難しさを感じている。
北朝鮮では、ジェンキンスさんに対して、奥さんである曽我ひとみさんの裏切りを責め、彼まで国の恩を仇で返すならば、子供たちの将来に響く結果が待っていると脅している事も卦には出ている。
このように北朝鮮がジェンキンスさんを抑圧している実情から、子供共々同時に日本に一緒に行く事が出来ない限り、ジェンキンスさんは、日本に来る気持ちになれない。
曽我ひとみさんが、ジェンキンスさんと話し合いを持つ時、二人のお子さんも同席させた上で、そのまま北側に留まる猶予を取らずに飛行機で日本に来させる手段を取る事が必要である。
この点の配慮を、日本側がしっかりと出来なければ、曽我ひとみさんが、家族と暮す希望は、なかなか叶えられそうもないというのが、占いの答えだった。
曽我ひとみさんの今後の運勢が、厳しい卦がでていたので、日本政府は、今以上の智恵を持って強硬に北朝鮮に向かっていく根性を持ってもらいたい。
曽我ひとみさんの二人のお子さん達の気持ち
天文 天水訟 之卦 水風井 本卦 風沢中孚
人文 風地観 主爻 需 主爻 風地観
地文 水天需
天地 乾
曽我ひとみさんの二人のお嬢さんは、ヒナ鳥が親を求めるように母親との再会を期待して待っていると易の卦にはっきりとでている。
不本意な形で離れ離れになれば、お互いを求める情は増す。まして親子ならば更に親子愛が深くなっているということも、この易から感じられる。
お子さんたちは、今後どうなっていくのか分からないという不安を抱え、今後の成り行きをうかがっている、と卦の中心に観察の意味の易がでて、彼らの不安感やじっと観察している姿を示している。
彼らは、日本に来て暮す事も構わないという気持ちと、北朝鮮の現在の暮らしぶりも特別、不自由はないので北朝鮮で暮す事も構わないという気持ちもある。
日本政府は、北朝鮮に対しての対応を、もっと緻密に計画を立て、ジェンキンスさんに
不安のない条件で話し合いをさせ、彼がOKを言った時に、そのまま二人の娘さんも一緒に日本に帰国させる事が出来る状態を作ってほしいものである。
余談
先週は、老眼鏡を作る為に眼鏡屋さんに行って来ました。
遠くも近くも見る事が出来るという遠近両用眼鏡を作る事に決めていたのです。
めがねを作る事の運勢を占ったのですが、巽為風という卦と天地否という自分がイヤで使わないと言う否定する卦がでておりました。
遠近両用は便利だと信じる私にとって、なぜ自分が使わないと云うほど否定しているのか、その理由が理解できませんでした。
その理由の答えは、巽為風という卦にでているのですが、この巽為風が自分にとってなぜ不快なのかを判断が出来ずにいたのです。
そこで、易の卦の意味を理解する為にも、眼鏡屋さんに行って自分の目の度にあわせた遠近両用を試させて頂きました。
すると意外な事が判ったのです。
本を見ようとすると、遠近両用だとぼやけるのです。
「あれ?」という私に、眼鏡屋さんが「本を胸元まで近づけて目を伏せて字を見るのです」とおっしゃるのです。
遠近両用レンズでは、字の時はレンズの下で見、普通のものをレンズの中心で見るのです。
この事は既に知っていた事なのですが、下を見る見方が、やってみると不自然な見方なのです。
本などを見るときは、あえてまぶたを極端に下げ目を伏せた感じで見る事をしないといけないのです。
眼鏡に慣れないという事もありますが、まだ老眼に成り立ての視力では、そこまでして本を見るのは目に負担がかかるのが分かったのです。
わたしにとって本を見るときは、老眼専用が一番で、本を手にとらずに、目線だけをかなり落として伏せ目で読むのは、かえって目を消耗して疲れてしまうのでした。
さらに階段を降りる時は、遠近両用は危険で足を踏み外しやすいそうです。
今回わたしが判断出来ない卦だった巽為風は、
植物で云うならば、蔦のように地面を這うような植物であり、生き物で云うならば
蛇とかミミズのように、下を這って行く動物です。
動きで云うならば、伏せると言う状態です。
つまり、眼鏡ならば、遠近両用となると伏せた目で見るのを巽為風の卦で示していたという事なのです。伏せるというだけの事でも、実際にどこまで伏せるのか、体験しないと分からないものでした。
この本筮易は、その時に占いに出た卦と実際の経験を通して体験した事から、やっとこ易の意味を理解するという、気が遠くなるような長い時間が、占断できるようになるまでかかります。
久々に新たな言葉の意味を一つ仕入れる事が出来たのは、感激するほど嬉しいのです。
最近、この易を習いたいというお問い合わせを頂く事が多くなりました。
本筮易を、しっかりと身につける事は、長い時期がかかり、学んで25年たつ今でも、私にとり未だに終わりのない勉強であり、気の長い習い事になるという事を、習いたいと思っていらっしゃる方に、御理解いただきたいと思っております。
世間に広がらなかった原因が、当然といえば当然だとおもえます。
来週の日記はお休みいたします。
毎週日曜日になりますと、HPの訪問者の件数が上がり、皆さんが更新日だと思って
覗きに来て下さっているのが分かり、大変光栄な事と思っております。しかし
更新していない時でも,見に来ていただいていると思うと、申し訳なくなります・・・
昨日は、私のHPを見てきましたという、新規のお客様がお二人いらっしゃいました。
HPを見ましたと言われますと、お客様にますます親しみが湧きます。
わたしの顔が、働いている店がネットで出している写真と全く異なり、わたしの書く文章のイメージとも違うそうで、お客様が思っていらっしゃったより、私の感じがエネルギッシュだとコメントを頂きました。
日頃は、ぼんやりした私なのですが、最近は脳の血管を広げるクスリと食生活に気を配っているので、ついに脳が回復してきたのかと弾む気持ちになりましたが、
今日は町の自治会の集まりがあり、皆がボケてきた話をしていましたが
石井さんの強烈なボケが移ってきたと、町ぐるみで笑いあっていましたので、ボケの自覚症状が減ったわたしは、人の言葉で自分の脳を、「まだみたいね」と認識しました。