霊感に優れ霊能力を使って仕事をしているという人が鑑定に見えた。また先祖代々霊感がつよい家系というお客様と、感の強さには自信があるという人の合計三人から、私は占いのお店をもうすぐ辞めるようになりますよと、言われた。
同日に3人から、同じ事を言われる不思議さに、わたしも、お店を止めたほうがよいのだろうか?と考えさせられた。
友人の紹介のお客様が店に来てくださった時、絶句して口を押え、「なんでこんな所に居るんですか?何がいいのですか?」と、恐ろしがられた。
自分の子供を占ってもらいたいので連れて来たいのだが、とてもこんな所には連れて来れませんと云われ、占い師として原宿の竹下通りで働いていると、まるで見世物小屋でいかがわしい事をしているように、見る人もいる。
その反対に、私のように占い師になって竹下通りで働けるのが夢ですと、おっしゃる方もいる。
自分の価値観が、その人の幸福と思えるが、私は贅沢な暮らしとか娯楽よりも、占いをして天の気と語り合える時に、いちばん幸せを感ずる。
利根川進さん(ノーベル賞受賞者)は、魂の存在を科学で証明してみせると言っている。
魂は目には見えない、しかし、魂は心を持っているから感情の存在である。
占いに答えてくださる天の気も、目には見えないが、天の感情ではないかと私は思っている。
常識的に考える人達は、占い師の言葉は、相談者の気持ちを見抜く術に長けているために、相談者の心理を読んで答えていると云われる。
確かにそういう占い師も存在すると思うが、当たる占いも結構ある。
人の感情とか思いだけでなく、全くこちらの知らない状況を言い当ててくる不思議さは、やはり、なんらかの見えない力の存在を感ずる。
機械を作っているときに、その設計にミスがあれば、どこが悪いかも占いは教えてくれるのだが、不思議研究所の所長さんで、最近、六爻占術と言う本を出された森田健さんが、
私が日頃占うような細かい内容を易を使って占う事が出来ると本にかいていらっしゃった。
普通の易の占いになると、吉凶判断がほとんどなのだが、私のしている易は、隠してある中身をも当てる事が出来るように細かい事も判断できるのが特徴なのだが、森田健さんも、彼のやっている易でどんなことでも分かると断言され、さらに術を使って凶を吉に変える事もできると断言されている。(わたしの易はそこまで凄くない)
しかし、その方は、「その教えてくれる存在は神様ではなく、心ある魂でもない。全てのものには答えがある。未来は必ず存在するのだから、未来を現在見る事は自然科学として可能なのだ」と断言している。
森田氏は、易占いを使って株を当てて3千万円の資本金がわずか3ヶ月で7倍の2億一千万円に増やす事が出来たそうだ。
誰もが、この易をつかえば億万長者になる事は可能であるし、運を良くする事もこの六爻占術によって可能であると書かれている。
この六爻占術の占いは、通称断易と呼ばれる占い方だが、実際世に出ている断易よりも特別な秘法があると本には記されていた。(私の易は断易ではない)
著者が言うには株が上がる時期、下がる時期も、全て決まっていて、
決まった未来を覗く事が易では可能であり、その決まった未来を変える事も人間には可能だと言う事が書かれていた。
それを誰もが簡単にできるというのが森田氏の六爻占術である。
ちなみに私の易は難しくて、簡単にできないし、株の上がる時期を知るには、一回だけの占いではなく、株価の変動する様子を毎日占っていくほどのやり方をしないと、株を買う時期、売る時期をきちんと見通す事は、なかなか大変な事なのである。
だから、もし森田氏のおっしゃる事が本当だったら、私は六爻占術に乗り換えたいと思っている。
しかし、その未来を誰にでも簡単に教えてくれるものは、神ではなくて、未来を見る事はシンクロニシティ(偶然の一致)が教えていると森田健さんはおっしゃっている。
自分の中に湧き出る質問を感じたときに、コインを振れば、そのコインにでた陰陽が、偶然の一致として答えを示すと言うのである。
偶然の一致は、全てとシンクロしているので、何度コインを振っても同じ質問には同じ答えがでるとも書かれてある。
コインを振らないでも、質問を感じたときに、自分の周りから人々の笑い声が聞こえれば、それは自分の質問が結果的に成功を表しているそうだ。
全ての物質には気があるといわれるが、物が持つ気が、答えを所有しているのか、やはり天のどこかに、聖人のような霊格に優れる人がいて、そういう方が答えてくださるのか?
宗教的な発想は、原始的なのかもしれない。
太陽も月も神ではなかったように、神秘と感ずる全てが、六爻占術の著者がおっしゃる通りに自然現象なのかもしれない。
時代と共に神秘が解明されてきたが、まだまだ多くの分からない事がある。
神秘関連が好きな人間は、神秘関係の本を読みあさるし、大方の人が同じ質問を持ち合っている。
私が占いを使って答えを求めるときは、森田健さんのやり方とは全く異なり、真剣にお祈りをする。お祈りをしなくても本物の当たる答えはでると言う森田氏の言葉を聞いて、真実の程を知りたいと思っていた。
この六爻占術を読まれたお客様が2人私のいるお店に占いに来てくださった。
出された質問は六爻占術の力はどの位当たるものか?六爻占術では、神様が答えるわけではないから、お祈りは必要ない、ただ質問をもってコインを振るだけだと言うが、それで本当に答えが来るのか?
こんな質問をお客様からいただいた。
数十年前には想像も出来なかったほど、科学技術が進歩している。
将来は物を分子レベルで分解して、送り届けた先で又その分子を組み立てて、分子による輸送が可能になると云う発想もあるが、数百年後にはそう云う事も可能になるのかもしれない。
未来の科学の進歩は、しっかりと歴史が刻んでくれるが、遠い過去の神秘を解明する事は
過去に戻れない限り不可能に思える。
ナスカの地上絵は、はるか上空からじゃないと絵として見えない。
紀元後7-800年の頃がナスカの地上絵が描かれていたらしいが、それが作られた頃には、上空に上る技術はなかった。
だったら誰に見せるためにそんな絵を作ったのか?というのも謎らしい。
ナスカの地上絵は宇宙人が描いたという説さえある。
ナスカの地上絵は宇宙人が書いたのか占ってみたが、大勢の人々が宗教的な観念でナスカの地上絵を描いたと易の卦には示された。
そのような大きなものを書いた理由は、死者は天上の世界に昇ると信じられていた事と輪廻転生も信じられていた為だというのが占いにでた答えだった。
医学の発展しない時代、生活は死と隣りあわせと言えるほど死ぬ事が頻繁にある社会だったようだ、愛する人を失う悲しみから、亡くなった後に天国から、この地球を見れるように、また生まれ変わるときに間違わずにこの星に戻ってくるようにと言う気持ちで、愛する人達を思い、あの世へ行った人達が地球の場所を間違わないで戻って来るようにと願って描いたものがナスカの地上絵であると言うのが、易の答えだった。
又、もう一つの理由として、雨が不足する地域だったらしく、ここに人がいると言う事を示すための物で雨乞いを神様に求めたものもあるという。
一世代だけでなく子孫に迄引き継がれるほど、数百年にわたって当時の人々は、地上絵を描く為に、休む事のない信念を持っていたらしい。
輪廻転生を信じ、また愛した人たちとの再会を願う宗教観が作り上げた絵がナスカの地上絵だという事と、宇宙人の協力は存在せず、ただ地球の普通の人達によって作り上げてきたものである。(占いを、「である」と断言するも変だが)
そうそう、今回のタイトルとして、占いの答えはどこから来るのかと言う事を占ったものを書くつもりだった・・・・。
六爻占術の言うとおりに、全てが神の領域ではなくて、自然科学として答えが存在しているというようには、私の占いには出なかった。
この世には、宇宙的な神秘の階層があり、自然科学として答えを有している階層もあれば
もっと次元を超えて超越した階層もあると言うのが易の答えだった。
どこの階層から深遠な答えを得るかは、祈る側の心のあり方次第でもあるらしい。
だから祈らずとも、でる答えの占いは、この地上の現実的な階層に属する物体からの気を受けた答えだと言うのである。
森田健さんの御本を読ませていただいたお陰で、祈りを真摯な気持ちで持つ事の大切さを、私は感じた。
もちろん祈らずに答えがでるというのも可能だが、そういう答えはそういう階層からでているらしい。
祈って行く事で、その人の祈りが、どこの階層に到達するかで、届く占いの答えは質が異なると言うのが、私の占った答えだった。
占いの答えが、祈って出す占いでも占術方法によっても、人によっても違うのは、沢山の霊格が階層としてあり、どこに波長が合うかで、答えが変化する事を実感中である。
こころを引き締しめてお祈りをしていきたいとおもう。