「心がぐらつく」 2004/10/10

昨日は、最大級の台風が上陸するという事で、絶対に仕事を休むようにと、私が朝、家を出るとき、家族から外出を反対された。
電車が動かずに帰りには帰宅できなくなるし、こんな台風に出かける私が軽率で
何でそこまでして占いの仕事をしたがるのか?と不思議がられた。
家族には言わないが、わたしにとって、外で一人になれるのが落ち着くのである。^^;
しかし、わたしも最強の台風のお陰で、どんな悲惨な結果になるのか恐怖だったので
東京の台風の状況を前日に占っておいた。

天文  沢雷随  之卦  兌為沢  本卦  沢水困
            主爻  沢火革  主爻  沢山咸

人文  雷火豊

地文  山地剥

地文の山地剥では、土砂崩れなどもある可能性もあるし、人文の雷火豊や本卦の沢水困ならば、水が溢れる所もあるが、夜には、之卦の兌為沢ならば、笑っている卦なので、
台風で出かけても問題なく笑って帰れると判断した。
家族に「占ったけど、たいした事ない台風だから出かける」というと、
神様が私にバチを当ててわざと、占いで嘘をだしていると、子供が言い、今回の台風は絶対に恐ろしい台風で東京を直撃するから危険だ、占いは外れていると、言われた。
子供が、神様がわたしに占いで嘘を教えていると言う理由は、最近の私が、この占いに答えてくださる存在は、神様ではないかもしれないと言い出したからである。
こうして台風の状況を占って、答えをもらえる事も、教えてくださる相手は、神様ではなくて、自然現象その物が答えを有しているかもしれないのだ。
私は、占いで頂くアドバイスを感情のある神様が教えていると長いこと信じ、易の神様の存在を信じてきたのだが、占いに答えてくださる方が神様だと言える保証は、どこにもないのだ。
神秘な出来事を、すべて神様に結び付けてしまう観念を、人は持ちやすいのではないだろうか?
こんな会話をしているうちに、神様に対しての気持ちが遠のく私を、私の子供は今までいっぱい色んな事を、占いから教えてもらってきたし、助けられてきたのに、これほど教えてもらっても、その相手を疑うなんて、なんて罰当たりな事を言う母親なのだと言うのである。

「神様を否定しているので、神様が怒って占いを外しているんだ。お母さんの考え方は危険だよっ!!」
そんな事を、言われながら朝、家をでた。
神様をしっかりと信じる事が出来ると気持ちは安定する。
占いのお店に着くと、台風なのに朝から、友人に紹介されたというお客様が来てくださった。
神様に対する不確かな気持ちが、祈りに集中できなかった。
祈りながら、「だめだ!だめだ!祈りが乱れている。之で占っても答えが本当に大丈夫だろうか?」
神様の存在を不確かなものだと思ったとたんに、占う時、お祈りする自分の心が
不安定になるのが、はっきりとわかった。
心はほんとうに脆い。
祈りは乱れていたが、お客様は、友人が凄いと言っていましたが、本当にここまで凄いとは驚きですと、おっしゃってくださり、ほっとした。

その次のお客様は、二人連れの友人同士だった。
二人とも前世を占ってもらいたいと言う。
「こんな台風の日に、わざわざ前世を聞きに来たのですか?」と驚く私に
お客様達は、「之はとても大切な質問なんです」とおっしゃる。

占うと、前世でとても可愛がられて庇われてきたが、自由に成れずにいつも不安で捕らわれた生活をしていたし、守ってくれる人が多い人生だったと出ていた。
そういうと、お客様は、今の人生もいつも庇われて可愛がられてきたのだが
前世でも庇われていたんですね?不思議ですねと言う事を言われた。
可愛がられたり庇われるのは、前世でそれだけ他人を可愛がっていたからその褒美なんでしょうかねという話になり、それを占うと
前世の自分の行為は一切関係なく、この人の人格が、自分を我慢し相手を配慮する気質なため、人の愛情を引き出す気質をもっている、だから、このお客様は、人から可愛いがってもらえると易に示された。

つまり可愛いと思われる性格をその人が有しているのが原因で、前世で人に良く尽くしていた褒美とは無関係だと出たのである。

「そうか!そうか! 可愛がってもらえるのって、自分の気質がそうさせるんですね!!」
「がんばるぞ~~~~っ!」とお客様と共に、納得しあった。
「本当に、自分は占いに出ている前世の生き方や考え方を今しています。神様が教えてくださるんですね!」と、お客様がおっしゃってくださったのだが、
「教えてくれたのは神様じゃなくて、自分の深い潜在意識が前世の過去を覚えていてそこから答えが引き出されるのかもしれないですよ」と、私は無神論者のような言い方をした。
神様を信じたいが、わからない。

『台風が私の傍だけ来ませんように!!でもそうしてくださっても、きっと自然現象で神様のおかげだとは信じられないと思います。神様の存在をしっかりと信じる事が出来るようにさせてください』と、お祈りをした。
台風は私の目には見る事が出来ず、傘もいらずに帰宅できたのだが、お祈りがかなえられたのか、自然現象なのか、やはりわからない。
でも、神様の存在を疑っても、台風の運勢は当たっていた。